結構長いこと日記をつけてるが、初めてというぐらい、まともに「その日やったこと」を全部書いてみた。
うーん、あんまり面白くないね、僕の日常は。
料理の内容でも書きますかねえ。。。
「さつまぐらし」の文章もちょっとへろへろ。
なんだか、酔いすぎたみたいだ。
さつまぐらし:住居−吉田町にちょっと追加。
吉田に引っ越して一番嫌なことは、飲みに行きにくいことだ。
だいたい、飲みに行ったら3千円から5千円はかかると思うけど、その後タクシーで帰ったら6千円ぐらいかかる。
そのぐらいなら、研究室に泊まるか、朝まで飲むか、だと思うけど、もう朝まで飲むのはなんだかしんどい。
いっそホテルは?となると、こちらは6千円前後で泊まれてしまうが、なんか意味もなく相方に怪しまれそうだし。
研究室に泊まるのもなー、って思うとやっぱり飲みに行くのやめとこかな、って思ってしまう。
そんなわけで、市内にも安い部屋を借りようか?と思う次第。
なんだか、12月はゆっくり家にいる時間が多そうだ。
今日は、1ヶ月ぶりぐらいに可燃ごみの日に家にいた。
寝坊して出せなかった。。。
ごみ収集車の音で目が覚めた。そのままゴミ捨て場に走ろうかと思ったが、どうしても体が動かなかった。
(そういえば、朝の6時に携帯の目覚ましが鳴ってた時、枕の下にしまった覚えだけはある。)
少し遅めに出勤して、たまった仕事を片付けたり、ゼミをやったりした。
7時前には職場を出て、家に向かった。
夜は久々に料理して飯を食った。
冷蔵庫は乾燥してかちかちになった納豆とか、1ヵ月前の牛乳とか、しなびた野菜とかが入っていたが、それもいろいろ買い込んで入れ替えておいた。
不思議なことに、1ヵ月前の牛乳、全然腐ってなかった。
自然のものを買っているつもりなのだが、殺菌がしっかりしているしあまり冷蔵庫の扉を開けないから雑菌が入らないということなのだろうか?
さすがに飲んでみる勇気はない。
あまりやりたくはないが、少しだけ掃除と洗濯をした。
軽く晩酌をして、これから眠ろうと思う。
今日の朝、ラジオを聴いていたら、「ショウジョウバエの記憶力も高齢になると弱まる」というニュースが飛び込んできた。
番組は、NHKラジオの第1放送。
そのときふと、父が昔言ってた言葉を思い出した。
「AM聞いてると、いろんな話が飛び込んでくるからおもしろんや」
そのときは「へー、俺はFMのほうがええなあ」とか言ってたが、最近はなぜか車の中ではAMを聞いている。
空港に行く途中、トンネルが多かったり、FMが入らない場所があるのもその一つなのだが、細切れ時間に聞いててもなんか面白いネタが一つはあるのが聞いている理由かもしれない。
「思い出のあの歌」とか「健康相談」とか、なんかマジで興味ない番組が結構あるのだが、我慢して聞いてたら意外とおもしろい。
で、ハエの件だが、ショウジョウバエの記憶力をつかさどる染色体(ハエには染色体が13本しかないんだっけ?)はすでに見つかってるらしい。
同じ染色体は人間にもあるらしく、それをどうにかすることで記憶力の低下を改善することができるかもしれないって言ってた。
ハエと人間。
本当に同じ染色体は同じ機能をするのか?
本能的に、「俺はハエちゃう!」って思うけど、やっぱり同じなのだろうか?
確かに経済学でも、「合理人」として、人間を一括して考えることが多くて多くの人から疑問を提示されるが、こちらの問題はもっと人間の尊厳というか、その辺りにかかわる問題な気がするのだが、どうなのだろう。
メールもらった人の名前の理由・・・またメールもらって分かりました。
ウルトラ星に王女っていたのか。
ちなみに、ウルトラキングっているけど、ウルトラの父と母は王様と女王様なのかな。
ってことはタロウは王子様?
あほボンってイメージだけどな。
レオと同じぐらい情けない印象が。。。
実は良く分かってないな。
B型によるB型のためのB型の研究か。
怖いぐらいにぴったり。
この人もそう言ってるよ。(っていうか、Negiさんのページでこのリンクを発見)
でも、良くよく読むと、「これって誰でもそうなんちゃうんか?」って思う。例えば、こんな感じ。
・我儘結構、自己中結構、今日も行きます我道を。他人が何と思おうと、人生悔いはありません。
・お世辞言う奴ムカツキます。心のない奴わかります。批判されると嬉しいです。心のある人わかります。
・自信に満ちた思い込み。思い立ったらすぐ実行。平気で均衡破ります。後でクヨクヨ悩みます。
うーん、俺は別に悩まないかも。
90%は当たってる気がするけどなあ。
ただこれって、B型というよりは、「自意識過剰なオタク」はみんな当てはまることだったりするんじゃないかなあ。
しかし、こういうのっておもろいな。
認めたくないねんけど、血液型占いって当たるかもとかおもってまうし。
鹿児島といえば自然が豊富でアウトドア天国やろ?
小学館のアウトドア雑誌の「BEPAL」でもときどき鹿児島の話が出ている。
カヌーイストで有名な「野田知佑」さんも一時期鹿児島に住んでいたことがある。
僕は鹿児島に行くことになったときに、
(鹿児島の人はアウトドア派の人が多いんだろうな)
そんな予想を抱いていた。
この勝手な想像はすぐに裏切られてしまうことになった。
なんと言っても、鹿児島市は大都会だ。人口50数万人の都市で、通勤時間が20分を越えると「遠いねー」と言われてしまうぐらい密集して住んでいる。都市機能もかなりの集中度を示していて、もう少し公共交通機関が便利であれば車なんて要らないと思う。
(交通機関の話は、生活:交通の項をいずれ書くので、ここではおいときます)
つまりは、都市部からでなくても生活できるということだ。
そして、鹿児島の人は移動するのが好きではない人が結構いるようで、遠足とか修学旅行以外鹿児島県のみならず、鹿児島市からすら出ない人というのが結構いる。
こんな人々であるから、アウトドアなんてやったことないって人が多い。
もちろん、鹿児島は市内(鹿児島市のこと)から出るとまだまだいいフィールドが残っているからキャンプ場は多い。
けど、がらがら。
行きたいときに行けばだいたい貸切に近い状態で使うことができる。
経済学の基本理念として、「資源が貴重であるから、資源に対して価格がつく」というものがある。そして、需要に比べて供給が多ければ低い価格がつくことになる。
この辺りの価格の決まり方は、オークションを想像すれば良いだろう。
鹿児島の場合、まさに自然の供給が過剰な状態であり、資源の取り合いがほとんど発生しないぐらいである。
人々に聞いても、
「自然なんていくらでもあるから、わざわざそこで遊んだりしない」
という答えが返ってきてしまう。
僕は、最初はこの言葉を「ふーん、そうなのか」と聞き流していたのだけれども、よくよく考えて見たら、ものすごく深刻な問題だ。
普段、ほとんど都市から出て生活したりしないのに、「自然なんていくらでもある」と言ってしまっているのだ。
東京や大阪の人もほとんど都市から出て生活しないから、自然に飢える人が結構いて、アウトドアに行くととても喜ぶ。
なぜ鹿児島市の多くの住人はアウトドアライフを楽しまないのだろうか?
この問に対する答えは、もしかしたら、
「鹿児島市の人は、自分たちが田舎ものだというコンプレックスを強く持っている」
ということなのではないか。
自分たちが住む場所は「田舎」であり、そこを恥ずかしく思ってしまっていれば、確かに市の外に広がる自然環境を見てもうれしくは思わないだろう。
「なんとかして、ここを広い道路が結んで家が立ち並ぶ場所にしたい。なんだあの森は?見苦しいからさっさと切ってしまえ。この川もちゃんとコンクリで固めないとみっともないな」
とか思うわけだ。
鹿児島市の人は海が嫌いだ。
海で遊ばないし、鹿児島市の目の前にはすごくきれいな海があるのに、コンクリートで固めてしまっている。
鹿児島市の海岸線は、市としては日本でも有数の長さを誇るという。しかし、鹿児島市内で海水浴場があるのは、磯海水浴場ぐらいだ。
他のところは見事に堤防が築かれていて、海を見ることすらままならない。
もちろん、これを元に戻そうとかいう動きはほとんど見当たらない。
あろうことか、さらに海に人工島を作って「大型客船と国際会議場」を建設するという馬鹿という以外に言いようのない計画すら推進している。
「赤字になったら、県庁職員、全員で払えよな。それが嫌なら、県民の考えてることを少しは庁内で反映してくれ。」
そんなことを言いたくなってしまう。確かにこの辺りは、人工島推進派の県知事を当選させるからいけないのだろうが、対抗馬に有力な反対派が出てこないので選びようがないのも事実である。
海とのふれあいについては、市営の海釣り公園があるのと、水族館の人たちとNPOが協力して干潟で遊ぶ企画を提案しているぐらいだ。
鹿児島市出身の40代の数人に、なぜ海で遊ばないのか、そもそも海に行きたくないのか?と聞くと、
「海は体がべたべたするから」
「海は危ないから」
あ、そう。
2003年の9月頃、友人の紹介で、「吉田自遊の森」のことを知った。
僕の家の裏山で有機農業をしている方が運営しているフィールドだ。
フィールドといっても、森を切り開いたところに広いスペースを設けていて、いろいろと遊べるようになっているだけなのだが、そこに行くととても楽しい。
ほんとは炭窯作りをしようということだったのだが、師匠のM氏が怪我のため、来年に延期になった。
僕がそこに行ってすることは、椅子に座ってお茶を飲んだり、話をしたり、ハンモックに寝転がったり、焚き火を眺めたり、そんなものだ。
チェーンソーを使わせてもらったり、青竹を切って食器を作ったりもこの前はしてみた。
ほんとにそれだけのことなのだが、家の庭でバーベキューコンロを持ち出してバーベキューをするのとは明らかに違う開放感がある。
なんといっても空の開放感が違う。
空がずーっと広がって、端っこはみんな森につながっている。
うちはどうしても、建造物で空が区切られてしまうから、その辺りの違いなのかな?と思う。
こういう場所が、市内の中心部から車でわずか30分のところにあるのが鹿児島のいいところだ。
この吉田のフィールドを知ってから、鹿児島がますます好きになった。
ぶらっと足を伸ばすだけでこんな楽しみができるというのは本当に大切なことだ。
2004年度には吉田町も鹿児島市に合併されるが、この森の環境だけは守ってほしい。
そのために僕ができることは何があるだろう。。。